ワンダーランド・なぎさ亭

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<<   作成日時 : 2008/06/29 20:43   >>

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 拙ブログの雑文「女の子の名前について」(http://nagisatei.at.webry.info/200805/article_4.html参照)や「愛とめぐみ」(http://nagisatei.at.webry.info/200806/article_14.html参照)にちらっと書き著した“群れたがる人々”、“群れていないと気が済まない人々”は最近の僕にとって関心の深い研究対象(という表現はちょっと大げさだけれども)である。この人たちに個人としての考えを大切にしない傾向があるのは言わずもがな。ここに新たに発見した特徴を書いてみたい。

 それは“他虐ネタ”を使うということ。

 この一文だけではわかりにくいと思う。

 “自虐ネタ”というのがある。ヒロシというお笑い芸人の芸風だが、彼は自分が失敗したこと、自分が淋しい状況に置かれた状態を自虐的に語って笑いを誘っている。

 他虐ネタはそれが他人に向けられたものと解釈すればいい。たとえば、人の集まるところにおいて、なんとなく自分がひとりぼっちであるように感じたことを別の場所で語る時に、

 「私、嫌われてるのかな?」

 と言うのは自虐ネタ。反対に他人に対して、

 「嫌われてるんじゃない?」

 というツッコミは他虐ネタといえる。こういうのは非常に文章として書きにくく、正確に書こうとすると小数点以下の数字が延々と続く√2のようなものだが、他人のバツの悪いシーンを指摘するのがやたら得意な人はどこにでもいる。いちいちあげつらう必要はないし、どうあろうと人間らしく生きていればそれでいいじゃないか、と僕などは思うのだけれども、放っておけない人も結構多いのだ。そんなだから、本来どのようなスタンスであってもいいはずの場所においても、彼らは誰かが1人でいるのを見つけると淋しい人と断定して、あれこれ言いたがる。

 自分はネガティヴなものを見ても平気だと強がっているのかもしれない。しかし、その一元的すぎる言いまわしには引っかかるものがある。ひょっとしたら、そんな連中が集まっている場所においては、浮いてしまったり嫌われていることの方が至極まっとうであることも十分にありうる。この世界はとても不確実であることを忘れてはならない。

 切実なのは子供たちの世界である。昼休みに1人でお弁当を食べていると、それだけで友達のいない子とレッテルを貼られ、いじめの標的にされることすらある。だから誰かと絶えずつながっていなくちゃならない……。なんと強迫的で息苦しい世界だろうか。こういう話を聞くと、義務教育を廃止して家庭教師制度を国家的に推進してはどうか、といった荒唐無稽なことすら考えてしまう。冗談はともかくも、見逃せないのは、大人の世界に存在するおかしな側面が子供たちの中にもっと極端な形で現われているということである。

 温かい人に囲まれて快活な毎日を過ごすことができればどんなに幸せか、と誰しもが思う。反対に、1人でいられる場所というのも落ち着くものである。学校という閉ざされた空間に1人でいられる環境を作り、しち面倒な枠組みやシステムをすべて廃止してこそ教育改革なのではないか、と僕は考える。そうすれば教師や生徒のストレスはずいぶんと軽減されるはずである。そんなん、ほんまはわかってるやろ?とシニカルな笑いとともに詰問したくなるが、この部分にはおそらく手をつけてこないだろう。そういう環境ができあがると、子供たちは早いうちから独立した個人となって本来的な人権意識や権利意識に目覚め、結局はこの国にとってはなはだ都合が悪いからである。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
子どもの社会は大人社会の縮図なんでしょうね。群を作るのは、人の本能に近い部分なのかもしれません。

私自身は、昔から孤独癖があることを自覚しています。好きでそうなったというよりも、集団の中の孤独感や疎外感が苦手で、それなら一人で好きなことを自分のぺースでする方が私らしいなと悟った次第です。子ども時代はなかなかそうは思い切れず切ない思いもしましたが。

他者との比較をすることで、自身の精神の安定を図るのは胸に覚えがあります。一匹狼を、外野がヤイのヤイの言うのは、そうした心理からでしょうか。
自分の価値観を大切に思うように、人の持つ異なるそれも認めることができたら、きっとみんながもっと快活に生活できるようになるでしょうね。

私事ながら・・私の子ども時代を彷彿させるエキセントリックな個性と価値観を持つ長女、親ならではの心配が尽きません。逞しく生きて行って欲しいと願っています。
りおん
2008/07/02 12:57
 りおんさん、コメントありがとうございます。
 群れを作るのは本能かもしれないですが、そこに個人の自由意思が希薄なのが日本人の特徴といえます。「自分の価値観を大切に思うように、人の持つ異なるそれも認めることができたら、きっとみんながもっと快活に生活できるようになるでしょうね」は非常に大切なことで、自由というのはりおんさんが仰ることを抜きにしては決して成立しないのです。これは海外の自由に触れてきた人の多くが言います。それを思うと、世間の人の言っている自由は、実は放蕩のことを指していると感じます。
 りおんさんの娘さん、いい感性の持ち主のようですね。拙ブログの「愛とめぐみ」の愛ちゃんやめぐちゃんのように、個性豊かで光輝ある女性に成長すると思います。心配するとキリがないですが、きっといい仲間に恵まれますよ。
なぎさ
2008/07/02 23:43

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