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zoom RSS ハーフタイムのコーヒーブレイク(95)

<<   作成日時 : 2014/02/20 21:30   >>

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画像 先日、村上春樹さんの「村上朝日堂の逆襲」(新潮文庫)を読み返していて、『批評の味わい方』というエッセイの中の文章が目に留まった。

 <僕は自分に関する批評というのはまず読まない人間だけど、それでも気が向いて読んだりして「これはないんじゃないか」と思うことはたまにある。(中略)悪い批評というのは、馬糞がたっぷりとつまった巨大な小屋に似ている。もし我々が道を歩いているときにそんな小屋を見かけたら、急いで通りすぎてしまうのが最良の対処法である。「どうしてこんなに臭いんだろう」といった疑問を抱いたりするべきではない。馬糞というのは臭いものだし、小屋の窓を開けたりしたらもっと臭くなることは目に見えているのだ。>

 共感するところが、おおいにある。

 以前、関東大学対抗戦に所属する伝統校の招待試合レポートを書いたら、1日で1000アクセスという恐ろしい事態をみたことがあった。な、なんでやねん、と思って調べたところ、ネット掲示板にURLが貼られていた。以後、TLでも同じことがあったけれど、こういう形で当サイトにスポットライトが当たったときのアクセス数は、大学ラグビーのほうが圧倒的に多い。大学ラグビーの人気というか、注目度の高さをあらためて認識する。

 その出来事以来、自分のサイト名を検索ワードに入れてみたりすることがあったが、今はもうめったにやらない。度し難い復讐心が滾ってくるようなことを書かれた経験はないとはいえ、根本的には、冒頭に書いた村上春樹さんの文章と考え方が同じだからである。でも、このあいだ、久しぶりに検索してみたら、ウチのサイトが以下のように取り上げられていた。

 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12117004867

 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10119414535

 「ラグビーリパブリック」、村上晃一さんや横井章さんのブログとともに名前が挙がるのは光栄ではあるけれど、畏れ多い気持ちになる。紹介してくれたかたは、拙観戦記をずいぶん読まれているようだ。このかたのほかの回答にもあらかた目を通して、よう見てはるわ、と僕のほうが逆に敬意を抱き、新たなヒントも頂戴した。知識と探究心が旺盛であるだけでなく、鋭敏な感性をお持ちのかたという印象を抱いた。

 昔、日本IBMがまだTLに所属していた2007年度、FLの安藤裕樹さんが34歳の若さでHCに就任し、チームを指揮することになった。この人事について、テレビ中継で解説の村上晃一さんが、

 「(選手と)ともに学んでいこう、ということなんでしょうね」

 と仰った。このとき、なぜかその言葉がいつまでも耳にこびりついて離れなかった。そして、

 (よし、俺も、ともに学んでいこう)

 と自分への励みの言葉に転化させたのだった。また、そのころ、同志社大学ラグビー部のHPを見ていて、部員募集の欄に、分析スタッフは未経験者も可とあるのを見つけた。現在は基準がどうなっているのかわからないが、それを見た僕は、もし今、同志社に入ったら、素人の俺でも分析スタッフとして入部できるっちゅうこっちゃな、と思った。そのときも、

 (じゃあ、ラグビーを観るのが数あるスポーツの中で最優先になったんやし、素人なりにがんばってみようやないか)

 と、それまで以上に奮い立ったのだった。


付記 ちなみに、素人が“真実”へ肉薄できるスポーツの筆頭格は野球だと思う。「マネーゲーム」(ハヤカワノンフィクション文庫)を読めば一目瞭然。僕も一時期、“野球分析”に凝ったことがあった。


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 12月、長居スタジアムへ大学選手権の試合を観に行ったとき、地下鉄を降りて地上へ出ると、公園の入口で新聞を手渡された。同志社大学体育会の機関紙「アトム」である。中身はもちろん大学ラグビー特集。選手紹介、首脳陣へのインタビュー、分析記事が7面に渡って埋め尽くされていて、とても読み応えがあった(おまけに1面下、朝日新聞でいえば「天声人語」にあたる「夏炉冬扇」がなかなかの名文だった)。

 おおーっ、と心の中で感嘆の唸り声を上げながら読んだが(今も手元に保存してある)、僕は昔からこういうフリーペーパー的な活動が好きだった。他人がやっているのを見ると羨ましさを禁じえないし、手渡されれば必ず読む。

 まだパソコンが一般家庭へ大々的に普及する前、1990年代半ば過ぎだったと記憶するが、自分のHPを作りたいと語る女性と話をしたことがある。ネットの何たるかをおぼろげにしか理解していなかった僕は彼女の話を聞きながら、この人はフリーペーパー的な活動が好きなんだろうか、と思った。ネットであれば印刷の手間が省けるし、配る労力もなしに広範囲へ情報を発信することができる。安価で、とても便利だ。

 そうした考えを、僕は今でも捨てることができないでいる。なので、自分がネットに関わるとなるとフリーペーパー的なものになり、マッチレポート、他分野を含めるとエッセイやコラムしか書かないという方向へ落ち着いた。

 1本目にURLを記した、当サイトに対する褒め言葉は、そうした姿勢、あるいはそこから生ずるものを評価していただいたと解釈している。むろん僕自身、至らないところはたくさんある(3本目に記すが、ネットを通じた対話にすっかり諦念を抱いていることも、ひょっとしたら未熟な部分かもしれない。その点は、対話する姿勢を保っている、紹介してくださったかたのほうが偉いと思う)。でも、僕に多少、他者より先んじているところがあるとすれば、(1)自分用の資料を他者が読める形で、(2)スポーツ観戦はビジネスの講演を聞きに行くのとは違うのだから、スタジアムの開放感と楽しい気分を損ねず、むしろその雰囲気を併せて伝える、(3)選手やその近しい人が「根源的な嫌悪を抱かない」ものを――というコンセプトのもと、フリーペーパーゆえに“公”を意識しながら書いている点であろう。


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 他人を批判するのは好まないところではあるけれど、何かを外に向かって書くとなると、どうしてみんな日記なんだろう、と不思議に思う。もっともこれは、僕が日記を好きではないから抱く思いなのかもしれない(しりとりエッセイの「日記」参照)。しかし、日記だけではない。掲示板やSNSに対しても、僕はどちらかといえば否定的だ。この世界に存在しなかったとしても、まったく困らない。現在、掲示板はまず見ないし、ツイッターはやめたも同然である。

 かつて、それらに目を通していて、あらためて痛感したのは、口から発する言葉がそのまま文字になると、たいていは醜悪である――ということだった。直接に会話する場合は、口調や表情等によって少々乱暴な言葉であっても中和されることがある。しかし、文字だけだと、決してそうはならない。

 思いつきをそのまま喋るがごとく“文章へ置き換えることをしないで書きつける”人を眺めていたころ、これは書いたらあかん、とか、こういう理屈の捏ね方で正論を装うのはあかんな、などと反面教師にしているうち、僕は「行間」の大切さに気づいた。スタジアムに飛び交う野次を例に考えてみよう。野次の文言、それだけを文字にして発信すれば、不快な気分になる人がたくさんいるだろう。でも、その中には、まわりの描写を入れて書けば微笑ましく伝わるものもある。僕のいう「行間」とは、そういうことだ。

 文字のみのケースと直接会話とのあいだで伝わり方、感じ方が異なることは、誰もが実感しているはずだ。たとえば、インターネットの質問サイトで「新大阪駅から甲子園球場までどうやって行けばいいですか」という質問があった場合、そんなの、いちいち質問しないで乗り継ぎ検索のサイトなりで調べればいいじゃないか、と感じる人が少なからずいると思う。けれども、新大阪駅の改札口で「すみません」と切り出されて同じことを訊かれたとしたら、そうした批判は、仮に芽生えたとしても微小であろう。懇切丁寧に教えてあげたうえで、「野球ですか? いい天気になってよかったですねえ」のひとことぐらい添えるかもしれない。

 TLセカンドステージ第1節で神戸がサントリーに大敗した翌週、花園で友人と出くわしたときのこと。

 「なぎささん、おはようございます。神戸、サントリーにコテンパンにやられましたね」

 「あかんかったなァ。……ミスは許す。ディフェンスのプレッシャーが足らんねん」

 「僕はミスが許せないです」

 「おっ、意見が分かれたなァ。ちょっと説明するわ」

 といった具合に楽しい会話が続いたのだけれど、文字のみの場合、意見が分かれたときに楽しいやりとりになることは稀である。相手の言い草がムカつくといった余計なストレスを抱えることも珍しくはない。だから僕は、文字のみで議論をしないことにしている。第一、3分で終わるような会話に、15分も20分も費やすのは時間の無駄だ。むろん、そういうのが好きな人もいるし、全否定はしない。僕はやらない、というだけの話だ。また、僕は自分から他人に話しかけたりはしないけれども、今季、大学ラグビーを観に行ったときに2度、隣席の人と話が弾んだ。おかげで楽しいラグビー観戦になったが、お2人とも、嫌味や批判的姿勢を露わにしてがさつに接してくるようなことは一切なかった。もちろん、それは人としてあたりまえのことである。ところが、ネットにおける文字のみのやりとりだと、そのあたりまえの規律がずいぶんと緩い。規律の緩いところには寄らず触らず、文章だけを書く。不自然なことではないだろう。

 文字表現における「行間」は、直接会話における「空気」に相当すると思う。だから、「行間」に無頓着な文字表現――すなわち、口から発するまま、文章へ置き換えないで書きつける――に終始しているにもかかわらず、空気を読む、読まない云々を話題にしている人を見ると、倒錯した矛盾を感じずにはいられない。

 だいたいにおいてネット上でとんでもない失言をして間違いを犯すのは、近しい人との会話に限定すれば許される範囲内であっても、文字という形にして公に発信するのは控えておいたほうがいいことを識別できない人である(中には確信犯もいるが)。そして、とんでもない失言こそしていないもののグレーゾーンへ足を踏み入れている人は、僕の目から見て、掃いて捨てるほど存在する。会話による音声と文字による表現の違いに無頓着なのではなく、単に、「フランダースの犬」でネロとパトラッシェを見殺しにしたアロアの親父みたいに心根が腐っているだけの話なのかもしれないけれど。

 表現の自由という言葉がある。これは国民の権利一般を語るときに用いられる概念であって、何を表現してもいいというお墨付きではない。この点を誤解し、表現の自由という概念をすべてに当てはめている人が多いようだが、権利云々を持ち出す前に良心と礼節をもって自戒すべきことはたくさん存在する。自由という言葉を含む概念も、案外不自由なのである。それでも放恣闊達にものを書きたいというのなら、故・中島らもさんのエッセイでも読みまくって、許容されるギリギリの線を学ぶのがいいだろう。そこらへんは、らもさんに限らず偉大な先人たちが「行間」を巧みに調節した手本をたっぷりと示してくれている。

 ネットの嫌いなところ。それは、文字による表現者として魅力のない人が多すぎることに尽きる。ちょっと冷酷な言い方だろうか。大丈夫。そんなの、たいした欠点じゃない。せいぜい歌で人を感動させることができないのと同程度で、人生や日常生活には支障がない。でも、そういう人がカラオケの場で大威張りしていたら腹立たしくなるのは、ごく自然な心理だ。


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付記1 最少の文字数で「行間」があるといえば、俳句でしょう。最近、僕は、俳句っていいなァ、と思っています。

付記2 話し言葉による対談はどうなるのか。あれは、ライターが書き起こすときに「行間」を付加しているのです。

付記3 すべての人に当てはまるとは言いませんが、文字のみによる他者とのやりとりに積極的な物書き(SNSを嬉々として使っているような物書き)の書く文章は劣化する、と感じています。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
記事を見てびっくりです!!何とコメントすれば良いか…光栄というよりも申し訳無い気持ちでいっぱいです。特に2本目の方はつい「指が滑って」引き合いの様にしてしまいました。読み返してみると恥ずかしいものばかりです。最近は知恵袋というコンテンツに限界を感じる事が多く、いっそブログにしてみようかと思いながらも踏み切れないでいます。

挨拶が遅れましたが、二年ほど前からお世話になっております。観戦記については精密さと情熱にただただ圧倒されるばかりです。ラグビーだけでなく他の記事でも考えさせられ、笑わさせられ、参考になるものばかりです。

これを機にちょくちょく顔を出させていただこうかと思います。
goldencompass21(仮)
2014/02/24 00:59
 コメントありがとうございます。
 こちらこそ、このたびはありがとうございました。ラグビーだけでなく、ウインタースポーツやサイクルロードレースへの造詣も深くていらっしゃるようで、私のほうこそ感心させられました。知恵袋、限界を感じられますか。私も知恵袋にアクセスすることはないのですが、貴方のようなまともなかたがおられるのだ、と少し考えを改めました。
 まだまだ至らぬ面があるかと思いますが、またお暇なときにお付き合いください。
なぎさ
2014/02/25 00:05

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