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zoom RSS ハーフタイムのコーヒーブレイク(128)

<<   作成日時 : 2016/06/08 21:30   >>

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画像 ラグビーマガジンに連載中の「MENTAL SPECIAL」は毎回、新たな知見をさずけてくれる。講師を務めるのは東海大学体育学部教授でスポーツ心理学、応用スポーツ心理学、競技力向上のメンタルトレーニングを専門に研究する高妻容一さん。7月号は『失敗やミスは悪いこと?』と題し、失敗やミスをポジティヴなものへ変える方法が説明されていた。

 〈われわれメンタルトレーニング専門家は、ミスや失敗は、選手がうまくなるための「心のエネルギー」になると説明します。(中略)ミスや失敗をすることは、自分の欠点・強化すべき点が見つかる最高のチャンスです。(中略)成功や勝利には、失敗やミスが絶対に必要なのです。自分が上達し向上するには質の高い練習が必要で、そのミスや失敗が自分のやるべき・自分が向上するためのヒントを与えてくれると考えれば、こんな素晴らしいことはないでしょう。〉

 高妻さんはミスや失敗に対する旧来の考え方に疑問を呈している。

 〈練習や試合でミスをしたら、怒られる・笑われる・恥をかくなど、ネガティブになる環境はありませんか? (中略)コーチが怒る・チームメイトが文句を言うなどの環境があれば、選手がミスをしたら落ち込みなさい・反省しなさい(ネガティブになりなさい)と言っているようなものです。〉

 ファンやメディアを含むスポーツの周辺にいる人は、失敗やミスによってどん底へ転落し(または突き落とし)、そこから歯を食いしばって這い上がる根性物語を好む傾向がある、と感じる。これをメンタルの鍛錬であると思っている人が多いけれども、専門家から見ればそれは無駄な回り道に分類されるようだ。また、日本のスポーツ界、とくに学校の部活動では勝利至上主義と体罰の関連がよく問題にされるが、勝利へ拘るのなら失敗やミスをもっと合理的に考えればいいと思う。基本的な技量や体力、どれだけポジティブになれるかという本来的なメンタルの差で勝敗が決することが多いことが実は多いのだ。怒ったり殴ったりする厳しさの大小で勝ち負けが決まるという固定観念を捨てる必要がある。

 試合を観る側は、とかくミスをあげつらいがちだ。僕も当サイドへ観戦記を書いたりする手前、ある意味、避けられないことではあるが、根本には高妻さんと共通する思想を持っている。たとえば、bX2に書いた、サントリー戦でミスが続出した神戸の惨敗を嘆く友人に返した「ミスは許す。ディフェンスのプレッシャーが足らんねん」という言葉が当てはまろう。敵と対峙するスポーツの場合、お互いが相手に失敗やミスをさせようと考える。この意図がある以上、ミスは起こるもので、それを誘発するプレッシャーをより強くかけることが大切だ。ミスをして苦杯を舐めた側は適切な修正、技量の向上により、かつて必ず頓挫していた場面で正確なプレーを遂行できるようになる。このせめぎ合いは、多くの球技に見られる。


    ☆ ☆ ☆

 ラグビーをスタジアムやテレビで定期的に観戦するようになったころ、豪快なプレーの数々に歓声を上げつつも、このスポーツの勝敗を分けるのは何であるかということに関心を抱いた。戦術は日々進化していて新しい知識や思想が入ってくるし、勝者と敗者の決定にはいくつもの要素が複雑に絡み合っている。勝敗の分かれ目をひもとく作業は変化に富んでいて楽しく、飽きることがない。むろん、こちらの眼力不足から、結論が導きにくくて悶々とすることもある。また、最初から大差決着が予想された試合でも、破片を拾うようにしてプラス材料を見出し、それらがうまく組み合わさっていれば接戦も不可能ではなかった、という仮説を試合後に立てることができるくらいの内容だったとき、あるいは敗者が成長途上の段階で伸びしろを十分に感じさせたのなら好ゲームである――と僕は思う。

 こうした接し方とどこか通底しているように感じられるテレビ番組を見つけた。それはCSのナショジオTVで放映されている「メーデー 飛行機事故の真実と真相」。録画して、空いた時間に観ている。

 現代の商用飛行機はセキュリティが頑丈に張りめぐらされていて、1つのミスや機械関係の1個の不具合だけでは事故が起こらないようにできている。パイロットや管制官、整備士は誰も飛行機を墜落させようなどとは思っていない。そうした条件のもと、不幸な事故のほとんどはいくつもの要素が重なり、万全を期したはずのセキュリティ網をかいくぐるようにして発生する。それらを1つずつ解き明かす事故調査チームの仕事は、スポーツにおける勝敗の分かれ目を探究する作業に似ている。

 航空業界ではミスは起こるものと考えるのが常識だ。ミスをカバーするためにハイテク機器の充実が図られている。また、研究対象は多岐に及び、たとえばコクピット内の人間関係において、副操縦士が機長に進言できないような長幼の序は事故のもとであるという考え方が、もはやふつうである。それでも事故が起きた場合、調査チームは機械と人間、双方に潜む事故原因を隈なく調べ、改善すべき点を報告書に提言する。前述したように原因が輻輳しているので、事故に至る決定打となる出来事を食い止めるシステムを、想像力をはたらかせて事前に装備しておくことは難しいケースが多い。尊い命を犠牲にするという残酷な事実に心が痛むが、事故後に新たな再発防止策が付加され、空の安全がより強固になっていくという流れができている。

 ある事故の調査チームの1人が、パイロットの過失に過剰な罰を与えるべきではない、と唱えていた。なぜなら、厳罰が課せられると思ったパイロットは罪を逃れるために虚偽の証言をする可能性があり、パイロットの証言から事故原因に潜む真の改善点を見出せなくなる事態が考えられるからである。事故調査チームの任務は原因の究明と再発防止策の提言だ。厳罰は以上2つの任務の遂行を妨げる障害物ともいえる。

 ラグビーマガジン7月号の記事で、サンウルブズのCTB立川理道選手が92失点の大敗を喫したアウェイのチーターズ戦について、遠征先の食事等、準備の不足を痛感したと発言していた。「たとえば自分たちで味噌汁とか準備していけば違ったかもしれない」と。味噌汁の有無と勝敗に因果関係が存在するのかという書き方をすると、どことなくユーモラスに聞こえるけれども、飛行機事故調査チームの視点を借りれば、これは潜在的要因と解釈することができる。松尾雄治さんは現役時代にウェールズへ遠征した際、現地外交官の奥さんが握ってくれたおにぎりに感激して泣きながら食べたというし、遠征先でふだんと同じ食事環境を整えるのは重要なことである。テストマッチやW杯で海外遠征を経験している選手もいるのだから想像がつくはず、と指摘するのは簡単だが、過密スケジュールの中、気が回らなかったのだろう。この一件からチームは、選手の話を聞いて環境を整えるコーディネイター的な役職の必要性を思い知ったはずだ。そうやって1歩ずつ階段を上っていけばいい。


    ☆ ☆ ☆

 ラグビー情報を得るサイトとして、村上晃一さんの「ラグビー愛好日記」(以下、愛好日記)を重宝している人は多いと思う。かくいう僕もその1人である。

 先日、その「愛好日記」のコメント欄が閉鎖された。何か問題が起きたわけではなく、セキュリティ強化が目的とのことで、J−SPORTSを媒体とするブログはすべてコメント欄が消滅している。

 僕は本文だけを読み、コメント欄を見ないことにしていたので、なくなったからといってとくに困ることはない。昔はコメント欄にも目を通していたが、何か事が起きると役所の苦情窓口みたいになって不寛容の巣窟と化すのに嫌気がさして、見るのをやめた。たまに気まぐれでコメント欄をのぞいても、がさつな意見の数々にストレスを感じて、読むんじゃなかったと後悔するのが常。もちろん、中には慈愛に満ちた人もいるには違いないが。

 ちなみにこの前、魔がさして「愛好日記」のコメント欄へアクセスしてしまったのは昨年11月中旬、TLが開幕した直後である。秩父宮の開幕カード、サントリーvsパナソニック戦で前売り券完売が伝えられたにもかかわらず、観客数は1万人をわずかに超えただけ、空席だらけだったことが問題になったときだった。

 当時、TV観戦記の前文(http://nagisatei.at.webry.info/201511/article_11.html)でもこの問題を考察したが、当該カードの企業割り当て分や年間パスポートによる入場者のことを考えると、主催者が観客数を正確に予想しづらい面があったことは否定できない。主催者が絶対に避けたいのは、チケットを持っている人が入場できない事態だ。現行のチケット販売システムだと、年間パスや招待券を持つ人がどっと押しかけていた場合にそうした混乱が発生する可能性がある(開幕戦はJRFU等の招待券による入場が規制された。それも空席問題に対するファンの怒りに火を注いだ)。あとからふりかえれば、W杯で日本代表が南アフリカに勝利したあと、これはとんでもないことになるぞと考えてチケットをあらかた一般市場へ流通させ、年間パスや企業割り当て分も事前に窓口やチケットサイト等の市場で引き換えてもらうという方法へ変更するのがベターだったと思う。こうしておけば当該カードのチケット枚数をあらかじめ正確に把握することができて、「入場者数を人間の勘に頼ってコントロールする」という要素がなくなる。少なくとも、秩父宮の半分が空席になることは避けられたはずだ。だが、今までに企業と築いてきた関係もあるし、スケジュールからいってチケットの販売方法を変更するのは難しかったかもしれない。また、協会とサントリーの公式サイトのあいだでチケットに関する言い分が異なることから、協会の担当者のほうに枚数の計算ミスがあった可能性も否定できない。そして当日、小雨が降るというぐずついた天候が追い打ちをかけた。秩父宮へ行く予定を取りやめた人が一定数いたと思われる。

 表面化した事柄だけで以上のような考えが出発点として導き出される。実際はほかにも看過できない問題点が存在したかもしれない。いずれにせよ、このようなケースでは原因をあぶり出して改善点を論議、今後へ生かしていく作業が必要不可欠だ。僕は協会を擁護しているわけではない。原因究明と改善策をおろそかにすれば当然、糾弾に値すると考える。しかし、「愛好日記」のコメント欄はどれもただ罵倒するのみで、「一般の会社ならクビになるようなことをする人たちの顔が見てみたい」という主旨のコメントには心底、辟易した。この文言の裏側には、無批判な民間崇拝と厳罰主義の2つが垣間見える。こんなことをあっさり書いてしまう人は、利益至上主義のもとで倫理観が損なわれた民間の悪に鈍感であると同時に、厳罰主義の中、失敗やミスをした人がいかなる態度をとるかということに思いを馳せたことがないのだろう。厳罰主義が横行すると、当事者は保身のために失敗やミスを隠蔽するか、責任回避に走る。結局、問題は根本的に解決されないままに終わるのだ。

 ここからはネット論になる。僕がネットの嫌いなところは、第一に、今回取り上げたような、正論に聞こえて実は感情的、世界を窮屈にする作用しか及ばさない“心ない正義”であふれかえっている点にある。とりわけ、ニュースサイトや有名人ブログのコメント欄、掲示板やSNSで活躍する「ネットコメンテーター」にその傾向が顕著だ。そこではマスコミに批判的な人が多く、まれにメディアのタブーや自主規制を打破する力を発揮することがあるとはいえ、当事者への配慮や言葉遣い、憶測でものを言っていい範囲の判断といったモラルにおいて、自分たちがふだん批判しているマスコミ(それも三流)と同レベルかそれ以下という人が大半を占めている。メンタルの専門家がどこかで、ネットでそうしたことを書きたがるタイプは自己愛が強いと述べていたが、優越性を示すということに焦点を当てれば、この種の人がSNSをやると自慢話をよく書くという現象にも合点がいく。もっとも、強がっているように見えて実は心の奥底で脅えている現代人の姿が浮かび上がってくるといえなくもなく、少しは情けをかけてあげるべきなのもしれないけれど……。

 とにかく、ネット上で“心ない正義”を避け、自由かつ寛容でユニークな思想に辿りつくのは、なかなか骨の折れる作業だ。

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