「フランダースの犬」はとっても残酷

 テレビの特番でよく「懐かしのアニメ名場面集」なんてのが放送される。その中で必ずと言っていいほど流されるシーンが、「フランダースの犬」において主人公の少年ネロと飼い犬パトラッシェがルーベンスの絵の前で凍死(だと思う。でなければ栄養失調による衰弱死)して天国へと召される場面だ。出演者やスタジオの観客は、あー、とも、ほー、ともつかない声を洩らして画面を注視し、他のアニメの、たとえば「ハクション大魔王」の大魔王が永久に壺の中へ入ることになり、壺の持ち主カンちゃんに別れを告げて消えていくシーンとまったく同じ反応を示しているけど、個人的に、これにはちょっと首をかしげてしまう。ほかのアニメと一緒にしてもらっては困る。

 「フランダースの犬」は原作も読んだ。もちろん子供向けのもので、ほかに「母をたずねて」や「ハックルベリーの冒険」を母が買い与えてくれたと記憶している。アニメと本の両方に接して率直に思ったことといえば“かわいそうな話を通り越したお話”だということ。子供は残酷なんて言葉を知らない。

 ネロはおじいさんと暮らしていて、パトラッシェが曳く荷車にミルク缶を積み、それを売って生計を立てていた。ところがおじいさんが死んでしまい、ネロは孤児となってしまう。そんなネロにやさしいのが幼馴染である富豪の娘アロア。しかし、アロアの父親はネロとアロアが仲良しなのを快く思わず、何かとネロに冷たくあたる。

 ここまで書いていて、子供向けの話じゃないなと思う。東海テレビ制作の昼のドロドロ系メロドラマの設定だ。

 あらすじを続けよう。ネロが心から愛していたのは絵。貧しくて画材が買えず、炭の欠片で絵を描いていたが、その絵の才能が最後には専門家の目に留まる。そして、激しい雪の日、ネロはアロアの冷血クソ親父が落とした財布を拾って、アロアの家へ届ける(アニメではパトラッシェが積もった雪の中から財布を掘り出していた)。ネロの善良なる行為に冷血クソ親父はようやく心を改め、ネロとパトラッシェもこの家で一緒に暮らそうじゃないか、といけしゃあしゃあと抜かす。でもその頃、ネロとパトラッシェは天国へ旅立っているのだった。

 救いようのないストーリーだ。あえて太字で強調しよう。すべてはあとの祭り。オー・ヘンリーのペーソスに溢れるオチの利いた短編小説ならともかく、童話の範疇を超えるやりきれなさが厳然と屹立して行く手を阻んでいるようでもある。最近では教育的配慮というお節介な概念から既成の童話を作りかえているらしいが、それなら「フランダースの犬」のラストをどうしてハッピーエンドにしないのか、僕としてははなはだ疑問である。

 アロアがその後、どのような大人の女に成長したのか、非常に気にかかる。

 「お父さん、あなたは1人のいたいけな心やさしい少年の命を奪ったのよ! その罪は一生消えないわ!」

 アロアの心に、容易には癒されない深い傷が刻まれたことは想像に難くない。愛すべき父親を憎まなければならない悲劇のヒロインがここに誕生する。グレずにいたとしたら、それは僥倖だろう。家を飛び出したアロアは娼婦となりはて、荒んだ生活を送る毎日。しかし、そうした退廃的な日々の中で、唯一無二の親友であった街娼仲間が父親のわからぬ幼子を残して病気で逝ってしまった。幼子にネロの面影を見るアロア。彼女はこの幼子を自分の子として育てるとともに、ネロのような不幸な境涯の子供を救おうと孤児院を作ることを決心した……。

 最後は完全に妄想の世界に入ってしまった。それだけいろいろと考えさせられる話であると思っていただきたい。今ふりかえっても、重いだけでなく、暗くて残酷だ。誰も報われないし、ひと筋の光も差し込まない。

 僕の母が述懐する。

 「あんた、『フランダースの犬』を観て、まわりの大人が悪いって言うとったなァ」

 リアルタイムで観て思ったのか、再放送でそのような感想を口にしたのか、正確な時期は定かではない。しかし、どんなに年齢を多く見積もっても小学校高学年になる前だったのは確かである。なんと子供らしくない感想であろうか。自分でもいやになる。こんな奴はだいたいにおいて余計な気苦労を背負うようにできているのだ。悲劇のヒロイン、アロアの“その後”と同様に。

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この記事へのコメント

りおん
2008年02月03日 23:45
子どもの福祉や人権なんて考えが浸透するようになったのは、ごく限られた一部の国だけでしょうね。現在進行形で救いようのない話が、まだまだ沢山あるのがやりきれません。
我家にも子供向けのフランダースの犬がありますが、それをつい最近小1の下の娘が、一人で寝しなに読んでいました。
その2時間後、様子を見に行くと布団の中で泣いていて、なぜ誰も助けてあげなかったのだと尋ねられました。
適当な答えが見つからず、これは昔のお話で、こんな事があって初めて反省する人もいるのだとしか言えませんでした。

先日CMで見たのですが、フランダースの犬がパチンコになったのだそうで、やりきれないを通り越してしまいました。
2008年02月04日 01:23
 こんばんは、りおんさん。「フランダースの犬」のパチンコキャラクター化、CMでチラッと観ました。まったく。
 りおんさんの仰るとおり、世界にはひどい話がたくさんありますが、小1の娘さんにとっては少しつらい読書体験でしたね。娘さんの疑問に、りおんさんはきちんと答えられたと思います。それ以外に子供向けの適切な回答は見当たらないですから。
 しかし、まだこの話は作りかえられていなかったんですね。改変童話作家が最初に目をつけるとすれば「フランダースの犬」以外にはありえないと思っていましたが。
 
ウルトランナー
2008年02月04日 08:53
 おはようございます。
 “アロアのその後”、すごい物語ですね。しかし、確かにレメイクドラマとしては、大いにあり得そうな・・・。
 なぎさ亭さんを別に養護するわけでもなく、ワタシを含めてあのような感想を持った子供って、多かったように思えます。どう考えたって、あのアロアの親父、やなヤツだもんなあ。
2008年02月05日 00:50
 こんばんは、ウルトランナーさん。“アロアのその後”は妄想が次々と膨らんだものですから。「ドラえもん」の道具に“アニメーカー”というものがあり、これはアニメーション映画をほぼ自動的に作れるという代物なのですが、これがもし手に入ったら「フランダース犬」のハッピーエンド版を絶対作ってやる、と思いました。
 ウルトランナーさんも似たような感想をお持ちになりましたか。アロアの親父、血も涙もない奴とはまさにこいつのための言葉。ちなみに「フランダースの犬」に憤慨した僕はのちに、悪人が最後にきっちり殺される「必殺仕事人」ファンになりました。
ソウル
2011年12月15日 08:42
今、再放送で、フランダースの犬を観ています。
今は、アロアが病気でイギリスから帰国したところです。
原因は、ネロやパトラッシュに会えない事からの発熱。ホームシック的なもの。

で、最終回にネロ達が
召されてしまったら、アロアは正気ではいられないはずだと…

あまりにも悲しい話で
子供達に説明するのも大変です
なぎさ
2011年12月15日 19:57
 ソウルさん、コメントありがとうございます。
 子供達と一緒にご覧になっているという話を聞くと、ちょっぴり複雑な気分になります。そのあたりは2011年7月1日付の「自分はテレビにどんな悪影響を受けたのか、と考える」http://nagisatei.at.webry.info/201107/article_1.htmlにも書きました。僕はいい大人なのですが、いまだにこの作品を正視できません。
kura
2016年03月30日 03:02
フランダース その後 で検索してブログを拝見しました。
確かに悲しい話だという印象が強烈でした。ただ、救いのない話という感覚でもなかったような…。ネロの本性が理解され、結果として冷たい大人たちに強烈な復讐を果たすことになるのは痛快でもありました。(←最後まで厄介者扱いされてたら最悪の後味)
あのあと富豪は自分の罪に向き合い苦しみ続けなくてはならない。一方のネロは、念願の絵を見ながら神の元に導かれる。正しい行いをして天に召される方が、罪に苦しみながら生きるよりも幸せだという中世キリスト教?的な価値観が背景にあるように思います(ある意味ハッピーエンド)。
また、あの結末が受け手に襷を渡し、自分はあんな大人にならないという強い気持ちが心の奥に刻まれたような…。同時期に見ていた「少公女セーラ」の結末は、爽快感はあったものの自己完結していて、「金持ちに戻れて良かったね!ミンチン女史ざまぁ」以上の感覚が残らなかったので。
なぎさ
2016年04月06日 00:36
 kuraさん、コメントありがとうございます。
 中世キリスト教的価値観が背景にあるというのは新たな着眼点ですね。このラストを持ってくることによって読者、視聴者をより強く啓蒙することができるように思います。
キャッツ
2019年08月23日 02:24
あの名作をパチンコにするなんて。今サンテレビでフランダースの犬やってますが、コゼツの親父が冷血なのは確かですが、一番悪いのはハンスだと思う。これからネロにとって段々厳しく辛い状況になって行くんで辛い。これからハンスのネロに対する仕打ちなんて許せないし、怒りと悲しみで観てる方も辛過ぎる。結末がハッピーエンドでないから名作なのでしょうが、ここまで救いようのない物語は当時子供だった私達に観せて欲しくなかったです。
aroa
2019年09月26日 22:47
アロアは尼僧になるんです。
神にその身を捧げる事でネロとパトラッシュに、父親の罪を懺悔する一生を選択する。
尼僧になる事で父親を罰する訳ですね。
深いなあ。
わんわん
2019年10月02日 10:30
私も、フランダースの犬 その後を検索し辿り着きました。
栄養失調の挙げ句凍死する(神の元だか、天使が迎えにくる)シーンは、
当時のスポンサーの某会社社長がキリスト教信者で、あのシーン希望したから、あぁなったと何かの記事で見ました。
ウルトランナーさん宛のなぎさサンのコメに全部同意です。
腐れコゼツや糞ハンスなんか少しは反省や後悔するかもですが、
すぐ忘れますよ。と言うか、本当の意味での猛省も思考改善も出来る訳がない。
人間、何かがあった上での軽い罪(軽いも重いもないかもだし内容によるが)で、
後ろめたさや色々な思いで良心を取り戻す事はあるでしょうし、
無知が故の子供や思春期の少年少女の過ち等も更正する場合もあるでしょうが、
少年少女でも大人でも、更正の余地のない人間は存在します。
神云々本当にいるなら、罪のない純真無垢で、生死ですら飼い主次第のパトラッシュの命迄奪わないかと。
ネロはまだ自分の意志で、ミシェルおじさんの元に行く判断もできた筈。
パトラッシュは何から何まで人間次第。
こんな希望の光が一筋も差さない様な漫画は大人になった今は腹立たしい。
ハッピーエンド版が見たいわ。
リアルでも勿論腐れ人間共の犠牲になる犬や、命亡くす子供達がいるし、神も糞もあったもんじゃない。
だからせめて物語の最後くらい、少しは希望をと私は願います。

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