傑作だった相撲協会理事選、選挙システム「単独記名式」に問題があることをどうして誰も指摘しないのか?
とてつもなく閉鎖的で封建的な相撲協会。理事を決めるにあたって立候補者を調整、無投票無風のもとに事を済ませる予定だったところに、貴乃花親方が周囲の思惑に反する形で理事選に名乗りを上げた。その後の、貴乃花親方の一門離脱から選挙へという一連の出来事に対するメディアの姿勢は完全にスキャンダル報道だった。そこにジャーナリズムはない。大方の予想に反して貴乃花親方が理事に当選すると、「造反者は誰だ?」。なんたる愚かな視点。所詮、メディアも相撲協会と同じレベルなのだろう。
報道が過熱した理由が、民主主義の遂行を監視するという大義名分を持つメディアにとって、旧態依然とした談合集団が打倒すべき敵に映ったからではないことは、「選挙」に対する鈍感さを見ても明らかだった。そもそもこんなの、選挙じゃない。票のすり合わせが堂々とおこなわれることを看過しているとか、管轄する立場にいる文部科学省の指導によって是正されたとはいえ、当初発表された、誰が誰に投票したかが知られてしまうような投票方法に対する糾弾の声が小さかった以外にも、メディアの鈍感さを証明する決定的な無反応が存在したのである。
選挙システムそのものに問題がある。
理事に立候補したのは11人。当選するのは10人。投票者が111人しかいない中、単独記名式で10/11を選ぶことに瑕疵がある。選挙さえすればいいという考えではダメなのだ。
「Aさんに投票するけど、Bさんもふさわしいと思うんだよなァ。Cさん? 論外でしょ」
こう考える投票者、Xさんがいたとする。Xさんの投票結果はAさん1票、BさんとCさんは0票だ。ふさわしいと思ったBさんも論外のCさんも、0票であることに変わりはない。投票者の数が多ければ相殺効果がはたらいてBさんに一定の票が集まるが、投票者の数が少ないと、Xさんと同じ考えの人が多くいた場合に、Bさんが意外な惨敗を喫することもありうる。
相撲協会の理事選は、派閥の思惑どおりに事を進めたい談合選挙である。自由意思に任せておくと、Xさんのような人が続出する懸念がある。なので、票のすり合わせが必要不可欠となる。貴乃花一派が離脱した二所ノ関一門は2人の候補を擁立させている。一門に属する投票者は20人。投票者、立候補者、当選者の全体数から、当選ラインはだいたい10票と予想される。そこで20人が話し合い、一門の立てた候補2人のうち、誰がどちらに投票するかを事前に決めておくのである。
談合体質云々は別にして、この選挙の場合、「投票者集団」の意思がより純粋に反映される方法がほかにある。複数記名式だ(それも3者以上の)。メディアはどうしてそのことを指摘しないのだ?
複数記名式を提案したら、こんな反論が親方たちから返ってくるだろう。
「そんなことをしたら、一門の意思が反映されなくなるじゃないか」
談合集団ゆえの単独記名選挙。しかし、選挙を標榜しているだけの談合をここまで完璧に見せつけられると、かえって爽快な気がする。これも伝統と格式を誇る相撲道の姿。こんな人たちが不良横綱の品格を問題視しているのか。……相撲って、おもしろい。
付記 今回の記事は数学的な考察でもあります。投票者が111人しかいない中、10/11の確率で当選する選挙をおこなうにあたって単独記名式に拘るなら、「理事にふさわしくないのは誰か」を投票させた方がずっと合理的なのです。もっとも、そんなことをすれば結果はわかりきっていますね。貴乃花親方を理事にしたくない人たちはどうしてこの案を出さなかったのか。これだったら票のすり合わせも必要ないでしょ。旧態依然とした体質にどっぷり浸かっているうちに感覚が麻痺してしまった人たちではありますが、悪知恵はそれほどはたらかないみたいです
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