バイキング→「グループサウンズ」……………(しりとりエッセイ)

画像 僕が生まれる前、1967年から69年にかけて日本の音楽シーンを席巻したのは、グループサウンズ(以下GS)だった。以前、何かの機会で68年か69年の正月の新聞のテレビ欄を見たことがある。朝から特番だらけの中、タイガース、スパイダース、テンプターズその他GSのバンド名があちらこちらに、ズラズラズラッと並んでいた。家にいるティーンの女の子を相手に視聴率を稼ごう、ということなのだろう。その記憶が強烈なので、昨今のお笑いブームの中、お笑いコンビの名前がテレビ欄にワシャワシャと並ぶのを見ると、昔のGSみたい、と感じることがある。最近のコンビ名は「やすし・きよし」みたいな古典的な名前が少なくなっているから、余計にそう思う。

 GSでもっとも人気があったのは、沢田研二(敬称略、以下も同じ)がいたタイガースだろう。メンバーの森本太郎がデビュー曲『僕のマリー』をレコード会社から手渡されたときの印象を述懐するのを、テレビで見たことがある。

 「フランス人形抱いていた……って、何なんだ、この歌詞は、と思った」

 GSの曲にはメルヘンチックな歌詞が多い。たとえばオックスの『ガールフレンド』には、〽白いテラスに囲まれた 夢のお城に住んでいる、というくだりがある。いったいどこの国の風景を歌っているのか、と正直思う。だが、こんなかわいい歌詞の曲を歌っていたにもかかわらず、GSは一方で不良だと蔑まされていた。

 GSの嚆矢は65年に発売されたスパイダースの『フリフリ』とされる。翌66年、ブルーコメッツの『青い瞳』、ワイルドワンズの『想い出の渚』のヒットでブームに火がついたが、ビートルズやベンチャーズの影響によるエレキブームが背景にあって、GSの誕生は時代の要請だった、ということは確実にいえよう。しかし、ティーンの女の子を対象として大々的に売り出すにあたり、少女マンガを彷彿とさせるような歌詞の楽曲を用いたことがそもそも迷走の始まりだった。爆発的ブームを迎えたものの、飽きられやすい、安っぽいものを大量に流通させたことによって、結果的に人気の寿命を縮めた印象は拭えない。

 グループオリジナルの曲は少なく、のちのシンガーソングライター全盛時代と比較すれば、GSはほとんど自主性のない、パッケージ化された商品だった、といっても過言ではないだろう。ブルーコメッツのメンバーの誰か(井上大輔か三原綱木のどちらかだと思う)が、

 「『青い瞳』は洋楽のコード進行に日本の歌謡曲のメロディーを乗せる試みだった」

 と語っているのを聞いたことがある。そういう原点があり、芸能プロとレコード会社お抱えのパッケージ商品だったこともあってか、迷走はメルヘン路線にとどまらなかった。まるっきり歌謡曲を出したグループもいたのである。パープルシャドウズの『小さなスナック』はまだ若さが感じられるけれども、ブルーコメッツの『雨の赤坂』など、曲調もそうだがタイトルからして完全にムード歌謡、ロスプリモスかと思ってしまう(ちなみにロスインディオス&シルヴィアの『別れても好きな人』は、実はリバイバル。最初に出したのはパープルシャドウズだった)。

 歌謡曲路線はファン層を拡大する狙いがあったと推測するが、メルヘン路線には売り手側の見下した態度がちらつく。女子供にはこの程度でいいんじゃない、というわけだ。

 69年、明治製菓が、自社製品のチョコレートの裏紙にバンド名を書いて郵送するという形をとって、GSの人気投票をおこなった。商品の購入によって初めて投票資格が与えられるという点ではAKB総選挙の原形といえなくもないが、タイガースが1位に輝いたランキングを見ると奇妙な結果も混じっている。フォーセインツ(28位)、ザ・リガニーズ(115位)は、エレキギターを使っていた分、GSと勘違いされたのだろう。しかし、38位のフォーク・クルセイダーズや68位のはしだのりひことシューベルツなんて、どう聴いたって完全にフォークではないか。当時は、聴く側もきわめて未成熟だったのである。それを思えば、わかりやすくて甘ったるい、メルヘンチックな歌詞でティーンのハートをつかむ――という売り出し方を選んだのは、仕方のないことかもしれない。

 以上に述べたようなことから大衆音楽史(J-POP史)的には評価が低いGSではあるが、個人的には好きな曲がいくつかある。タイガースの『廃墟の鳩』はフォークソングっぽい、メッセージ性のある歌詞がいい。スパイダースは歌謡曲の作曲家から提供された曲こそイマイチだが、『あの時君は若かった』『サマーガール』『ノーノーボーイ』『真珠の涙』は洗練されている(かまやつひろしや大野克夫がメンバーにいたのだから当然か)。のちにメンバーの湯原昌幸がソロカヴァーした『雨のバラード』は、アップテンポなGS、スイングウエストで聴くとなかなかオツ。ハプニングス・フォーの『あなたが欲しい』はバロック調のアレンジが新鮮で、プロコル・ハルムの『青い影』を彷彿とさせる。鈴木ヒロミツがヴォーカル、モップスの『朝まで待てない』は阿久悠の作詞家デビュー作として知られているが、歌詞も曲調もストレートなロックだ。〽おまえは冷たく拒むだろう、という一節は、GSとしては明らかに異質である。恋の相手を“おまえ”と呼称する歌詞でヒットしたのは、ほかにカーナビーツの『好きさ好きさ好きさ』くらいなもの(たいていは“君”か“あなた”だった)。メルヘンチックな歌詞に酔っていたティーンのGSファンの中には、モップスのあまりの男臭さに戸惑った人が大勢いたと思う。

 以上、メジャーどころについて記してきたが、GSをめぐる音の旅は路地裏、つまりB級の世界が一番楽しい。僕がB級GSの最高峰と認定したいのは、ザ・ジェノバである。68年2月10日に『サハリンの灯は消えず』でデビューしたあと、『いとしいドーチカ』『さよならサハリン』と樺太を舞台にした曲を次々とリリースした。かつて日本が統治していたものの、終戦直前のどさくさに紛れてソ連に侵攻された樺太を歌うザ・ジェノバに、“戦争を知らない子供たち”であったGSファンの女の子たちは、モップスに対する以上の違和感を覚えたに違いない。

 この3曲(樺太3部作?)はユーチューブにUPされている。設定がまるっきり演歌にもかかわらず、ロック色を出そうと力を入れ過ぎたヴォーカルとコーラスが実に野暮ったく、それが逆にいい味を出している。“迷曲”として一聴をお勧めする。



参考ウェブサイト http://www.pp.iij4u.or.jp/~marukazu/homepage/groupsounds.htm「歌謡曲黄金時代」の『グループサウンズ(GS)』

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この記事へのコメント

2014年10月13日 12:59
台風模様の連休、如何お過ごしでしょうか。
歌詞への辛口コメントでは、人生幸朗・生恵幸子の漫才を思い出します。
唄は世につれ、世は唄につれ、とも言いますが。
現在俳優として活躍している岸部一徳がタイガースのメンバーであることを知る人は多くないのかもしれません。
GSサウンドではないですが、沢田研二の時の過ぎゆくままには当時の曲として気に入っています。
なぎさ
2014年10月15日 22:51
 コメントありがとうございます。
 台風、こちらでは一時、激しい雨が降っておりました。でも、ラグビーの観戦記を書かなければならなくて日曜の夜はほとんど眠っていなかったのですが、台風が来るという非日常感が目を冴えさせてくれたのはありがたかったです。被害に遭ったかたには怒られるかもしれませんが。

 岸部一徳さん、タイガースのベース担当でしたね(当時の名前はおさみだったかな?)。いい役者さんになりました。沢田研二さんは僕も好きですよ。「危険なふたり」もお気に入り。あと、本文中に書き漏らした好きなGSの曲がありまして、ランチャーズの「真冬の帰り道」とジャガーズの「君に会いたい」をここにつけ加えておきます。

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