テーマ:プロ野球

“クマさん”後藤次男さんを偲ぶ

 1969年、78年と2度、阪神タイガースの監督を務めた後藤次男さんが5月30日、老衰のために亡くなられていたことが阪神球団から発表された。享年92歳。後藤さんは熊本工業から法政大学を経て48年に阪神へ入団し、ルーキーイヤーに放った129安打は、98年に坪井智哉に抜かれるまで阪神の新人最多安打記録だった。そして49年から52年、4年連続…
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阪神ファンが山本昌さんに抱く親近感について

 4月7日、東京ドームでおこなわれた巨人vs阪神戦をMBSラジオで聴いていた。解説は阪神OBの八木裕さんと中日OBの山本昌さん。2人は昭和40年生まれの同い年で仲がいい。阪神が途中で大量リードを奪ったこともあって八木さんは上機嫌、昌さんとの思い出話に花が咲いていた。  昌さんの決め球といえば、左腕から繰り出すスクリューボールだった…
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ジェンダー差→「サテン生地」……………(しりとりエッセイ)

 1970年代後半、女性アイドルの親衛隊(という言葉も死語に近いが)がよく蛍光色のサテン生地のはっぴを着ていた。また、79年夏以降、若者の風俗としてメディアに取り上げられた、東京の代々木公園へ日曜日ごとに集まり、ラジカセを持ち込んで音楽に合わせて踊る「竹の子族」のあいだでもサテン生地が大流行した。アラベスクやノーランズ、ボニーMの曲に合…
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1992年の阪神タイガースを特集した雑誌を発見

 懐かしいものが出てきた。右に写真を掲載した雑誌は、1992年7月に発行されたサンデー毎日増刊「V’若虎」である。この年、阪神タイガースは大方の予想を覆して白星を重ね、シーズン最後まで優勝を争った(最終順位は2位)。不甲斐ないピッチングを繰り返してファンに野次られてばかりだった仲田幸司投手が突如変身、13勝を挙げたかと思えば、湯舟敏郎投…
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むっつりスケベ→「別所毅彦」……………(しりとりエッセイ)

 別所毅彦(以下敬称略)。1999年に亡くなられたから、若いプロ野球ファンの中には名前をご存知ないかたもおられるかもしれない。むろん僕とて、別所が引退した十年後に生まれたから現役時代を知るはずもなく、彼の記憶といえばもっぱら「プロ野球ニュース」の解説者、白い眉毛が特徴の豪放磊落な爺さん、という姿である。  南海、巨人のエース投手と…
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がんばれ!俊介

 ラジオのナイター中継を聴いていたら、解説の金本知憲(以下も敬称略)が打席に立つ阪神タイガースの外野手、俊介について、こんなことを言った。  「この選手はチョンボが多いんですよ」  どういう因果なのか、タイガースには俊介のようなそそっかしいタイプの選手がいつもいる。現在はスカウトをしている北村照文がそうだった。強肩、俊足の外…
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近鉄vs南海

 4月19日から21日のあいだ、京セラドームのオリックスvsソフトバンク戦が「OSAKA CLASSIC」と銘打たれ、オリックスが近鉄バファローズ、ソフトバンクが南海ホークスのユニフォームを着るというので、出かけてみた。  両チームは以前にも、それぞれ合併、身売りによって消滅した旧チームのユニフォームを着用したことがある。印象深か…
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ジコ中→「うっかり」……………(しりとりエッセイ)

 BS-TBSで、昭和の懐かしい映像を紹介しながら当時をふりかえるトーク番組を放送している。司会は関口宏さん。この番組における関口さんはユニークな視点とユーモアを兼ね備えていて、なかなかおもしろい。日曜朝の「サンデーモーニング」あたりを観ている限りは、道を決して踏み外さない無難な人という印象だけれども、こちらでは、地上波において決して観…
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プロ野球の「3時間半を超えて新しい延長イニングには入らない」ルールについて

 今年のペナントレースは、のっけから波乱含みだった。東日本大震災の影響で開幕が延期されただけでなく、原発事故があって電力不足が懸念される中、関東圏のナイトゲーム開催をデーゲーム、他球場へ振り替えてのスタートとなった。  少しでも節電に協力しようと、点灯させる照明灯の数を減らしたり、内部の売店等の灯りを消すなど、主催者側はいろいろと…
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ソープランド→「ドラフト会議」……………(しりとりエッセイ)

 正直者でも泥棒にはなれるから、嘘つきは泥棒の始まりという言い回しはおかしい、それをいうなら、嘘つきは詐欺師の始まりではないのか。  前々回の「嘘」にそう書いたけれど、青筋を立てて誤りの訂正を迫るほどの事柄ではない。言葉の綾みたいなもので、他人の所有物を盗るという意味では両者共通である。詐欺師を、泥棒という大きな括りの中の一分類と…
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「あしたにつながる負け」は本当にあしたへつながるのか

 プロ野球中継で、大差で負けているチームが終盤、焼け石に水という言葉を連想させるような形で点を取ったとき、アナウンサーや解説者がよく、  「あしたへつながりますからね」  と言う。野球ファンであれば、1度は耳にしたことのあるフレーズだろう。  しかし、本当にあしたへつながるのだろうか。その疑問を解消するために、記録を調…
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変則的な打ち手

 スポーツライター、玉木正之さんのホームページへときどきアクセスする。新聞や雑誌に書いた文章を蔵出しコラムと題して掲載、あるいはお勧め図書が紹介されているなど、僕にとっては非常に有用なホームページだ。そこに、阪神タイガースに関する文章を見つけた。玉木さんはタイガースファン。しかし、優勝争いの常連となったことに違和感を覚える、微妙な心理を…
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よくぞ本にしてくれた~「甲子園への遺言 伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯」(門田隆将著・講談社文庫)

 ああ、この人が高校野球の監督になって甲子園のグラウンドに立つ姿を見てみたかった。いや、立たせたかった。心底そう思った。本書は南海(現ソフトバンク)を皮切りに数球団、計30年間、敏腕打撃コーチとしてプロ野球の世界へ君臨し、平成16年、60歳を前にしてすい臓がんで亡くなった高畠導宏さんの生涯を描いたノンフィクションである。  高校野…
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非日常の世界から見えてくるスポーツマンシップ

 少し前の話になるが、4月20日の阪神vs巨人2回戦はエキサイティングなゲームだった。最終スコアは4×5、巨人の勝ち。巨人が8回表に3点を取って逆転したが、勝負の分かれ目となったのは7回裏のプレーだろう。  犠飛で3×2として、阪神はなおも2死1塁。バッターはブラゼル。ここでブラゼルは2塁後方へフライを打ち上げた。落下点はセンター…
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余計なところに目が行く

 9月8日のプロ野球、阪神vs中日戦をテレビで観ていた。1×10、中日9点リードで迎えた9回裏、阪神のブラゼルがバッターボックスへ向かおうとしている。その様子を、3塁側のテレビカメラがとらえていた。  何気なく観ていた僕だが、ブラゼルの脇に映る光景を、僕の目は見逃さなかった。  ボールボーイとボールガールが1塁のベンチ横に坐…
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1度観てみたい野球

 ソフトボールの試合を観ることは野球の奥深さを知ることにつながるのではないか、と思うことがある。  オリンピック種目からは外されたものの、2000年のシドニー、2008年の北京で女子ソフトボール日本代表が大注目を浴びた。ソフトボールはもはや、観る気を起こさせるシチュエーションであれば観る、という人が多いスポーツのひとつにかぞえられ…
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プロ野球に関するささやかな「?」

 セリーグとパリーグの交流戦が終盤を迎えている。セリーグのチームの主催試合では指名打者制がなく、ピッチャーも打席に立つ。交流戦開幕前、タイガースを応援するサンケイスポーツ関西版で、打席に入ったパリーグの好投手をあえて四球で歩かせ、ふだん慣れていないランナーとしての役割を課すことによって投球リズムを乱させよ、そこから突破口が開けることもあ…
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偉大なる野球人の訃報

 急な訃報が飛び込んできた。元巨人、阪急の投手だった島野修さんが亡くなられた。  現役時代の通算成績は1勝4敗。島野さんといえば、のちに阪急、オリックスの球団マスコット、ブレービー、ネッピーとして活躍した、と書いたほうがピンとくる人が多いだろう。拙エッセイ「救われた球団マスコット」を2年前に記したとき、僕は島野さんの名前を咄嗟に思…
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スポーツ新聞の視点

 風邪で熱を出して寝込んだ。その恩恵に授かって(?)、4月8日の阪神vs巨人3回戦をプレーボールからテレビ観戦することができた。  5×8で阪神が敗れたこの試合は、投了後の棋士2人がおのおのの指した手を回顧するようにしてふりかえったならば、指摘したくなる点が非常に多い1戦だった。すべて挙げるとキリがないので1点だけ。  1回…
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*女の子たちによる大音量

 日本ハムvs巨人の日本シリーズをテレビで観ながら、日本ハム人気もすっかり北海道に根づいたなァ、と、しみじみ思った。北海道といえば、ひと昔前は巨人人気が絶対的な地域だったのに。職場や学校で、日本ハムの試合の結果が話題に上ることも多いに違いない。一緒に球場へ行く“ハムつながり”のお友達がいたりなんかしてね。年に何回か家族揃って応援に行く、…
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楽しむことは不まじめなんじゃなくて

 千葉ロッテマリーンズを長らく率いたボビー・バレンタイン監督が日本球界を去った。ほどなく、朝日新聞のオピニオン欄にバレンタインへのインタビューを構成した記事が掲載され、彼の日本の野球界に対する提言をなるほどと思いながら読んだ。その中でも触れられていたが、彼の最大の功績は「楽しむ」という意識を選手に植えつけたことにある、と感じる。 …
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ドラフト会議は滑稽だ~想像力の中で世界はぐんぐん膨らんでゆく

 せいきょくの「せい」はセックスの「性」。  天高く馬肥ゆる秋。今年もドラフト会議の季節を迎えた。  冒頭の一文は、故パンチョ伊東氏がドラフト会議の進行役を務めていた頃(たしかパリーグ広報部長という肩書きだった)、阪神タイガースが指名した益山性旭投手の名前を読み上げた時に思わず口にした名セリフ。70年代半ばから80年代半ばに…
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プロ野球ファンの仇敵

 千葉マリンスタジアムのライトスタンドにものものしい横断幕が並んだ。横断幕には球団フロントの名前が羅列され、死刑の文字が躍る。昨年来、チーム興隆の功労者、ボビー・バレンタイン監督の退任をめぐる球団内のゴタゴタが報じられてきたが、今季限りの監督の座を追われることが正式に決定、チームの成績がふるわないこともあって、ファンの怒りが爆発したのだ…
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宇能鴻一郎流官能野球?

 1年に1度くらい、駅売りの大阪スポーツ(以下大スポ)を買いたくなることがある。関東では東京スポーツ、九州では九州スポーツとして売られているこの新聞は、ウソみたいな内容の記事と意表をつく一面の見出しで広く知られている。貴乃花親方がまだ現役で貴花田というシコ名だった時代、竜興山という幕内力士が病気で急逝した。その時の大スポの一面の見出しは…
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阪神タイガースが今いる場所は?

 今年も、プロ野球のセパ交流戦が始まった。  近年、復刻版ユニフォームというやつが大はやりである。阪神タイガースもレギュラーユニフォームを着るのを一時的にやめ、交流戦の期間だけ復刻版ユニフォームを身に纏う。  今年着るユニフォーム(ホーム用)は、82年から04年まで使用されていたデザイン。つい最近まで着ていたから、懐かしいと…
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試合の流れに沿ったジャッジをしてもいいシーンについての報告

 本場ニュージーランドあたりと比較するとまだまだの感はあるが、ラグビーには、ラグビーを取り巻く文化すべてに敬意を払おうとする姿勢がある。ほかのスポーツではファンになかなか伝わってこないレフリーに関する情報がいろいろと入ってくるのも、ルールの難しさに耳目が集まる競技という側面はあろうが、ラグビー文化に対する敬意が根本にあるからなのではない…
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「日韓通算」もあります

 ウィキペディアで巨人の李承燁(イ・スンヨプ)選手の通算成績を調べてみた。2003年に母国韓国プロ野球、三星ライオンズで56本塁打を記録し、王貞治が持つ日本プロ野球の年間本塁打記録を抜いたことが話題になった(シーズン56本塁打はアジア記録ということになる)。翌年千葉ロッテへ入団し、2006年からは巨人で活躍している。  1995年…
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プロ野球中継ラジオ派の憂鬱

 まもなくプロ野球が開幕する。オープン戦も終盤に入り、贔屓チームを持つファンにとって胸の高まりを抑え切れない季節となった。  娘さんであるエッセイストの斎藤由香さんによると現在はおとなしく観ているとのことだが、阪神タイガースの熱烈なファンで知られる作家の北杜夫氏は昔、テレビの前でヨガのようなポーズをとりながら阪神を応援していたらし…
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運がめぐってきた選手

 プロ野球選手がスターへの階段を上っていく始めの一歩に不思議な運を感じるのは、僕だけではないと思う。  たとえば阪神を皮切りにメジャーでも活躍し、日本ハムでプロ生活を終えた新庄剛志を思い出す。彼が表舞台へ颯爽と登場したのは1992年のことだった。前年終盤、消化試合で遊撃手として先発出場した経験があったものの、92年は二軍スタート。…
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ねじれの位置にいた大選手

 1983年夏、高校野球全国大会。甲子園は新星は誕生に湧いた。清原和博と桑田真澄。ともに1年生だった。彼らのいたPL学園が水野雄仁(のちに巨人)らを擁する山びこ打線、池田高校を猛打で下した試合は、高校野球の中心軸がPL学園へ移ったことを高らかに告げるゲームとして、脳裏に強烈な印象を残している。  それから3年間、高校野球はPL学園…
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